冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「わたくしがおそばについて、支えてさし上げられればと、思っております」
「……そうか……」

 二人の間を、ヴィエンツェの風が緩やかに吹き抜けていく。
 漆黒の髪を揺らすディオンは、少しもためらうことなくフィリーナの考えを受け入れてくださった。

 見つめ合うほんのわずかなとき。
 まだ寄り添い合っていたいとあがく心を、全力で押しとどめる。

 グレイスの純粋過ぎるほどの心は知っているし、たまに意地悪をしたり、でも意外と優しかったりする素顔も、フィリーナはわかっている。

「君になら、あれも心を許してくれるだろう」
「はい……」

 そっと微笑みをくれるディオンの細められる瞳が、やっぱり少し遠い。
 フィリーナを手放したくないと言ってくれたことは、もうずっと昔のことのようだ。
 少しずつ少しずつ、ディオンと重ね合わせていた心は、過去のものに変わっていくんだろう。
 誓った心を過去に置いていくことはとても苦しいけれど、きっとこれがフィリーナとディオンの辿るべき正しい道だったのだと、納得できる日が訪れるに違いない。
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