冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――最悪自分の身体に代えてでも、グレイス様の手で愛する人を傷つけさせたりしない!

 レティシアの元へ向かう横目に、グレイスの剣が振り上げられたのが見えた。
 手を伸ばせばレティシアの細い腕を取ることができた。
 ほんの一瞬の安堵とともにレティシアの身体を引き寄せる。
 守りきれるかどうかはわからなかったけれど、向かってくる切っ先から、フィリーナは自分の小さな身体で身を屈めるレティシアを庇った。

 ぎゅっと目を瞑ると、脳裏をかすめたのは、あの薔薇園の情景。
 メリーの手から、愛しい人を守ろうとした。
 同じような状況に、二度の奇跡は起きないと、自分の最期を悟る。

 ――ディオン様……
 もしいつか、生まれ変われることがあるなら、今度は、何のしがらみもない自由な世界で、あなた様にお逢いしたいと願っております……

 ディオン様の戴冠式、きっと素敵なお姿で即位なさるのでしょうね……

 最期に思うのは、やっぱり愛する人のこと。
 とても愛しい人を瞼の裏に描きながら、そのときを待つ。
 けれど、何かがばさりと切れる音がしたのに、訪れない痛みに瞼の力を緩めた。
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