冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「申し訳ございませんでしたっ。あの、あのときは、たまたま通りかかって、その……っ」
「あー、やはり。あれはお前だったんだね」

 がっくりと目の前でうなだれる白銀の髪に、フィリーナはきょとんと瞬いた。
 「参ったな」と呟いたグレイスは、すっと距離を取った。

「言われなくともわかっているだろうけれど」

 一歩離れたところから、腕組みをした流し目に否応なしに胸がどきりと強く脈を打つ。

「このことは誰にも……」
「もっ! もちろんでございますっ!!」

 不躾にも言葉を被せて、首が外れそうなほどに何度もうなずくフィリーナ。
 グレイスの言いたいことは簡単に理解できた。
 口外なんてしようものなら、この王宮に留まることは当然許されないだろう。
 あるいは身の保障がなくならないとも限らないし、そうなれば、家族の生活だって危うくなりかねないのだ。
 震えを誤魔化しきれない手で、ぎゅっとエプロンを握りしめるそこに、ちらりと視線を寄越したグレイスは小さく溜め息を吐いた。
< 28 / 365 >

この作品をシェア

pagetop