冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「町に医者は居るか?」

 何度も尋ねるグレイスに、応える者は誰もいない。
 手元から引き離されたものの、ディオンを助けてくれる頼もしい二人に、安堵が与えられる。

 誰が何をして、どう悪いのかなんて、今は後回しだ。
 自分が今何をするべきなのか、フィリーナはわかっている。

「わ、わたくしが、お医者様を探してまいります!」

 それまで腰が立たなかったのだと気づいたのは、立ち上がろうとして一度足を崩してしまったからだ。
 だけど、それを今奮い立たせずに、何を守ろうというのか。
 ままならなかった呼吸をゆっくりと取り戻して、立ち上がる足に力を込めた。



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