冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 橋を渡った先は、家々に囲まれるような広場になっている。
 かつては、人の往来で賑わっていたであろう草の茂る場所。
 その真ん中に立ち、今までに出したことのないような大きな声をありったけの力で叫んだ。

「物資の配給に参りました!!!!」

 閑散とした広場に、虚しくフィリーナの声がこだまする。

「食糧をお配りいたします!!!!」

 もう一声掛けると、家々の窓のあちらこちらで人影が蠢いたのが見えた。
 血にまみれた小娘が、そんなことを叫んでも、怪しく思われるのは仕方のないことだ。
 だけど、今は少しでも早く医者を見つけなければいけない。

 もちろん、バルトに帰れば医者は居る。
 でもあちらに帰り、ここへ戻ってくるまでの時間が、どうしても惜しいのだ。

「この物資はすべて王宮内のものです!!!! 皆さんに分け与えるようにとの命を受けて参りました!!!!」

 すがるような願いを込めて、声が枯れるほどに叫んだ。
 すると、家の陰から小さな子供が飛び出してきた。
 齢十もあるかないかの男の子。
 フィリーナの元へ来るなり、深々と頭を下げた。
< 289 / 365 >

この作品をシェア

pagetop