冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「そんなに怯えなくても何もしないさ」

 思いがけない言葉にはっとして、フィリーナはグレイスを見上げる。

「お前が誰にも内緒にしてくれると誓うなら」

 こくこくと素早く頷くと、美麗な顔に滲んでいた緊張感が不意に緩んだ。

「皮肉なものだな。
 王位継承権は兄の方にあって、二番手というだけで大した地位を与えられない僕は、縛られることのない自由な恋愛ができるはずだったのに……
 ……唯一この世で愛した人は、兄の婚約者だなんて」

 途端に、胸の奥がちくちくとした痛みを感じた。

 ――グレイス様……。

 怖いと思ったのは一方的な思い込みで、グレイスの顔に安堵と哀愁を見つけると、その心が公にされないだろうかという不安が滲んでいたのだと気がついた。
 肩から息を抜いたグレイスが、密に抱えていた愛する人と結ばれない悲恋が、フィリーナの胸を苦しく締めつける。
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