冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「パンをくださいっ」

 ぱっと顔を上げた男の子の頬はこけ、着ている服から覗く腕は痛々しいほどに細かった。
 だけど、大きく丸い瞳が、この子の強さを見せていた。

「いくつ欲しい?」

 目線を合わせて膝をつき、血まみれの人間に怯えさせないよう優しく訊ねた。

「お母さんと、妹と弟の分を、くださいっ」

 自分の分をと言わなかった男の子の健気さに、胸を打たれた。
 どれほど食べ物を制限されていたのだろう。
 父という言葉を出さなかったこの子は、きっと長男として家族を守らなければならないという大きな使命感を小さな身体に背負っているに違いない。

「はい、これ」
「え……」

 渡したのはパンとリンゴを四つずつ。
 思いのほか多めに渡されたものに、男の子は戸惑った。

「いいのよ。まだ食べ物はたくさんあるの。君もいっぱい食べてしっかりお母さん達を守ってあげてね」
「う、うん……っ!」

 微笑みかけると、つぶらな瞳にゆらりと煌めきが揺れる。
 下唇を噛みしめた男の子はもう一度頭を下げて駆け出して行った。
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