冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――皆、本当に飢えているのだわ。

「押さないでください! 並んで! まだあとから物資は届きます!」

 少し混乱し始める場を収めるためにも、フィリーナは荷車の上に登り声を上げた。

「あの! この中にお医者様はいらっしゃいませんか!!」

 高い場所から叫ぶ小娘に、町の人達はただざわつく。
 顔を見合わせ首を傾げては、それより食糧をくれと押し迫った。
 埒が明かない状態に、フィリーナもは叶えられるかわからないことを口走ってしまう。

「報酬は十分に差し上げます!! お医者様の居場所をご存じの方はいらっしゃいませんか!?」

 あげられる報酬をフィリーナが持っているはずもなかったけれど、自分の命に代えてでもその対価を支払う覚悟は十分にあった。

「どなたか、お医者様を……!」

 ――私はどうなっても構わないから、何があってもディオン様を救わなければ!

 フィリーナが胸を張ると、荷車に押し寄せる人混みの中から、白髪混じりの初老の男性が歩み出てきた。
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