冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「娘さん、王宮で誰か倒れたのかい? 国王が喉に芋でも詰まらせたのか」

 あざけるように言う男性に、周りの人々は「そりゃ傑作だ」「いい気味だ」と口々に笑いを乗せる。

「いえ、国王様はご無事でございます」

 そう伝えると、失笑していた人達は心底がっかりしたように呆れた溜め息を吐いた。
 あの国王が、国民にどれほど忌み嫌われているのかを思い知らされる光景だった。

 けれど、その傍若無人の王は首を取られた。
 輝かしい未来へと突き進んでいくこの国を解放してくださったのは、勇敢な一国の王子だ。

「バルト国の、ディオン・バルティア王太子が、剣に倒れました」

 とても勇ましい背中を想い顔を上げて告げると、集まっていた人達は一斉に静まり返った。

「今、ディオン様とおっしゃったか?」
「バルト国の王太子と……」

 静けさの中からひそひそと囁かれる声が、次第に心配の声へと変わっていく。

「ディオン様が剣に討たれ、重傷です。どなたか手術のできるお医者様はいらっしゃいませんか!」

 自分で事実を口にして心が張り裂けそうになる。
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