冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 この無力な手で抱いた、力ない姿。
 何よりもフィリーナの身を案じていた愛しい方の無残な姿が、目の裏から涙を押し出してくる。

「なんと、ディオン様が!?」
「ディオン様!」
「ご無事なのか!?」

 名前を出した途端に、ざわめきだす人々。
 フィリーナを信じてくれているのかどうかは別としても、あちこちから上がる心配の声に、ディオンがこの国の人々にどれだけ慕われているのかを知った。

「娘さん」

 ディオンの寛大なる心のもたらす信頼に胸を熱くさせていると、白髪の男性が目の色を変えてフィリーナを見上げた。
 男性の真剣な眼差しは、そこにさっきのような嘲りも卑しい欲も見えなかった。

「ワタシは医者だ。かつて王宮で常駐医をしていた」

 はっと息を飲み、強く押される胸の高鳴りから涙が溢れ出しそうになった。
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