冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「少しは休んだらどうだ」
「グレイス様」

 いつかのように、柱に身体をもたれ、腕を組まれるグレイスは、碧い瞳でじっとフィリーナを見つめていた。

「看病のかたわら、王宮内の仕事もしているようじゃないか」
「グレイス様こそ、ここしばらくはゆっくりとはなされていらっしゃらないのではないですか?」
「僕が今そんな状況にないことはわかっているだろう」
「ですが、それならどうして今こんなところにいらっしゃるのですか。油でも売っていただけるのですか?」
「言うようになったな、フィリーナ」

 口の端で笑いを零されたグレイスは、桶を抱えるフィリーナに歩み寄る。
 言葉を返せるようになったのは、グレイスの雰囲気が以前よりもずっと穏やかなものに変わったからだ。
 自身でそれに気づいているのかはわからない。
 だけど、愛していた人の裏切りにより目を覚ましたグレイスの瞳は、傷ついた心を見せないかのように凛とした光を宿していた。
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