冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 レティシアのことを語るグレイスの瞳の奥の心が心配になる。
 こうやって穏やかに話しているけれども、あんなに深く愛した人のことを、そんなに簡単に見切ることができるのだろうか。

「まだ何か言いたげだな」
「えっ……」
「聞いたぞ? イアンやダウリスにこそこそと聞き回っているようだな。これからのバルトとヴィエンツェの情勢について」
「そ、それは……」

 まったくその通りだ。
 だって、気にならないわけがない。
 あのヴィエンツェ国の状態を見て、すべてが落ち着くのにはまだまだ時間がかかりそうだというのは簡単に想像できるから。

 あの男の子と家族は大丈夫なのだろうか。
 彼のことだから、もしかしたら自分の分の食べ物を少しでも多く母や兄弟に渡してしまっているかもしれない。
 一番の頼りの彼が、倒れてしまっては元も子もないのに。
 周りのことばかりが気がかりで、自分のことを後回しにしてしまう姿は、ディオンの背中を思わせたから。
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