冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 今は閉ざされている瞼のその向こうの漆黒の瞳を思い出す。
 間近で自分の影を取り込み、その真っ直ぐな眼差しで心を貫かれた。

 ――"フィリーナ"。
 
 あの凛とした気高い声で、名前を呼んでくれるなんて、この王宮で働き始めたころには露ほどにお思っていなかった。
 それなのに、ディオンはフィリーナを心の支えだと言い、心も身体も、全部を愛してくれた。
 ディオンの熱を覚えている身体が、きゅんとかすかなときめきに熱くなる。

 白の布地に落ちているたくましい掌を掬い取り、頬ずりをした。
 とても温かなこの手で、自分を抱きしめてくれるディオンの強さをたぐりよせるように、そっと目を閉じる。

 ――また、この手でわたくしを強く抱き寄せてくださいませ。

 大きな掌の中に、口唇を滑り込ませて柔らかな口づけを捧げる。
 すると、わずかにフィリーナの力とは違うものが、ディオンの掌を動かした。
 思いがけないことに、フィリーナははっと大きく目を開ける。

 すうと大きく吐いたのは、……枕に横たわるディオンだった。
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