冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 息を吹き返すように、呼吸とともにゆっくりと開いていく瞼。
 合わせてフィリーナもまた、目を見開いた。

 掬っていた掌が、優しく小さな手を握り返す。
 ずっと上を向いたままだった顔が、ゆっくりとこちらへ向き直ってきた。

「……フィ、リーナ……」
「……っ……!!」

 すぐそばから、今度は本当に耳に聞こえた声に、別の意味の驚きが心臓を大きく叩いた。
 長い睫を蓄える瞼の隙間から、漆黒の瞳が薄っすらと覗いている様子を、フィリーナは目に一杯に貯めた涙で滲んで見ることができなかった。

「……フィリーナ……」

 この目で自分を見つめてくれる瞳を見たいのに、胸から込み上げた嬉しさが、こらえきれなかった感情を溢れ出させた。

「……ッ、ディオ、ン様……ッ」
「フィリーナ」

 頬に掌を触れさせてから、ディオンはまた名前を呼んだ。
 感じる温かさが、これが夢ではないことを物語っていた。
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