冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――“フィリーナ”

 耳を撫でる甘い幻聴。
 口唇に思い出す名残に触れる。
 柔らかく口唇を含まれる感触に、胸が熱くなった。

 ――ディオン様……

 ついに国王となってしまった愛おしい人は、まもなく王妃を迎えるはずだ。
 グレイスも、ダウリスもイアンも、誰も何も教えてはくれないけれど、レティシアとの婚約が破棄されたあとから、妃候補として名乗りを上げる女性が、何人も何人もディオンを訪れてきていたのは嫌でもこの目にしていた。

 ――……私は、影でお支えすることができれば十分よ。
 いつだって、王妃様を迎える覚悟はできている。

 そう思っているのに、どうしても胸はつんと沁みる。
 それもきっと時が経てば、自然と治まるに違いない。

 見上げた明るい満月が、少し輪郭を滲ませる。
 ゆっくりと瞬き視界の滲みを消すと、向こうの方から誰かの足音が聞こえてきた。
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