冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「こんなところにいたのか」

 続いて掛けられる声に、心臓が大きく脈を打つ。

「探した」
「ディオン様……」

 月明かりの下に姿を見せたのは、一瞬幻かと思ったほどの高貴な人。
 これが現実かどうかわからない光景に、何度も目を瞬いた。

「どうして……」
「『どうして』はこちらの台詞だ」

 呆れた溜め息を吐くディオンは、歩み寄ると間近でフィリーナを見下ろす。

「も、申し訳ございません、職務中に抜け出してしまって……すぐに戻ります」

 月明かりを込める漆黒の瞳に見つめられるのが痛くて、お辞儀にかこつけて目を逸らした。
 まさかこんな大切な日に、自分を探しに来てくれただなんて自惚れを、精一杯胸の奥に押し込める。
 ディオンをかわして仕事に戻ろうと足を踏み出した途端に、たくましい腕が目の前に出てきた。
 ディオンは後ろからフィリーナを強く抱きしめ、温かな腕の中に閉じ込めた。
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