冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「こんな大事な時に、何をしているのだ」
「申し訳、ありません……」
「あそこにいてもらわなければ困るではないか」
「……」

 そんなことを言われても、今はこうやって自分を抱きしめてくれるディオンも、あの煌びやかな世界の中ではとても遠い人だ。
 そしてそれが、フィリーナとディオンの本来の距離。
 それを見せつけられた心が痛まないわけはないから、こうやってディオンの名残を少しでも探しにやってきたのだ。

 腕に力を込めるディオンの薔薇の香り満ちる胸に擦り寄る。

 ――本当は、……離れたくなんかないのに……

 フィリーナを甘えさせてくれる温かさの中で、本音が顔を出す。
 でもそれを表に零すことなく、ぐっと飲み込んだ。

「皆が待っている」
「はい……まだ片付けは終わっておりませんでした」
「それはもうよい」
「いえ、これからでも戻って……」
「フィリーナ」

 不意に温かさが解かれ、月の光を揺らす漆黒の瞳が真っ直ぐに見つめてきた。
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