冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「仕度をなさい、フィリーナ。
 皆が、妃の登壇を待っている」
「……っ」

 突然告げられた、王妃の存在。
 せっかく愛しさでいっぱいに膨らんだ心が、大きな切れ目を作って裂けた。
 ずきずきとえも言われぬ痛みがフィリーナを襲う。
 裂け目から零れていく想いとともに、涙が溢れ出た。

「お、お妃様のご紹介を、なさるのですね……それは、申し訳ございませんでした……っ
 すぐにわたくしも広間に戻って、お迎えを……し……」

 ディオンに涙を見られていると気づいたのが遅くて、慌てて顔を伏せる。

 どこに覚悟など備わっていただろう。
 何も、妃を迎え入れる心の準備など、できていない。
 ディオンの隣に並ぶ妃の姿を拝見してもいないのに。
 話を聞かされただけで、こんなにも心が痛むなんて……

「……――オン様……」
「うん?」
「……――です……」
「どうした?」

 顔を覆っても、涙は止めどなく溢れてくる。
 それとともに、裂けた心からとても自分勝手な想いがぞろぞろと零れだしてきた。
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