冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 震える視界の中で、碧い瞳の意図が伝わり、咄嗟に顎を引いてしまう。

「フィリーナ」

 呼ばれる名前にびくりと怯えるのは、脅された事実があるから。
 それ以上の抵抗を許されず、柔らかく含まれる口唇。
 怖さとともに存在するのは、フィリーナに信頼を煌めかせ碧い瞳が見せる夢のような心地だ。

 ――まさか使用人ごときに、高貴なお方がこんな風に触れてくださるなんてこと、夢の中だって考えられないことだったのに。

 「グレイス様……」
 「うん?」

 密着する温かさにだんだんと身体が馴染んできているのがわかる。
 それと同時ににじり寄ってくる背徳感。
 抵抗を見せないように、フィリーナはやんわりと身をよじった。

「わ、わたくしも、ディオン様のお見送りに出なければなりません……」
「ああ、そうか。すまない」

 震えをこらえようとすると小さくなる声に、グレイスはまた口唇を寄せる。
 もう一度たっぷりと口唇を舐られてから、高貴な胸の中からそっと解放された。
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