冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「もっ、もうし、わけ……っ……」

 息の仕方を忘れてしまったような身体は、肩で精一杯の呼吸を試みる。
 あまり上手くいかずに苦しくなってくると、こちらに迫ってきたディオン王太子の姿が、涙で酷く滲んだ。

 気高く威厳のある雰囲気に圧されて、足の力が抜ける。
 その場にへたり込むフィリーナの目線に合わせるように、漆黒の髪が覗き込んできた。

「一体、どうしたというんだ」

 使用人ごときのために膝をつき、初めて向けられる深く澄んだ声。
 思いのほかそこには、今まで気づかなかった温かみが含まれていた。
 何も知らないディオン王太子への罪悪感と、最悪の事態を回避できた安堵が、ぐちゃぐちゃに入り混じりながら怒涛のように噴き出してくる。

「事情を訊きたいところだが、まずは手当てが先だ」

 “事情”と言われて、安心していた心が瞬く間に取り消される。
 重い罪悪感だけが残り、手に痛みはあるのに、フィリーナ心は苦しさに押し潰されてしまいそうだった。
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