冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――ディオン様はお察しなんだわ、私が致した事情を。

 だけど、言えない事情があるであろうことも、聡明なディオン王太子は見抜いているのだろう。
 そしてそれを踏まえて、自分を庇ってくれたと思うのは、あまりに行き過ぎた考えだろうか。

 小さく深呼吸ができるくらいに落ち着き、フィリーナは恐怖を与えない人へ顔を上げる。

「ディオン、様、わたくしは……」
「何だ?」

 初めて間近に見る、髪の色と同じ漆黒の瞳。
 そこにかすかに紫がかった煌めきを見つける。
 今まで知らなかった吸い込まれそうな深さに、胸の鼓動が静かに跳ねた。

 漆黒の瞳の奥に不思議な感覚の答えを探していると、慌ただしい足音が聞こえてきて我に返る。
 勢いのままに開けられた扉から飛び込んできたのは、血相を変えたメリーだった。



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