冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
5章 心
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 いつものように、グレイスの部屋へコーヒーを運んだのは、常駐医に手当てを受けてから休養をもらった翌日の午後。
 バルコニーまでワゴンを押して近づくも、椅子に腰掛け長い脚を組んでいたグレイスは、フィリーナに見向きもしない。
 少し遠くに雲の湧いている空を眺める横顔に、胸がずきりと痛んだ。
 今朝の朝食の時もそうだったけれど、その横顔が心なしか立腹しているようで、そばに寄ることにはとても抵抗があった。

 テーブルにコーヒーを置いても、少しも意識は向いてこない。
 それはそうだと、フィリーナは自分で納得できる理由がわかっていた。

 ディオン王太子が広間に一人になったあのとき。
 ワゴンを押したフィリーナを見つけたグレイス。
 彼は誰にも見られないよう、“まさに今がそのとき”だと、無言でフィリーナの肩を叩いてきたのだ。
 
 しかし、フィリーナはそれに頷くことができなかった。
 小さな包みの中身が、決して人の口に入れてはいけないものなのだと、気づいていたから。
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