冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑

 ――そんなこと、グレイス様に限って……
  あれは一時の気の迷いで……

「どうやら、身の安全の保障はないようだな」

 不安な顔でもしていたのだろう。
 ディオンには、思っていたことが筒抜けていたようで、びくりと身体をこわばらせた。

「私のせいで、君に不必要な危険が及んでいる」
「そんな……ディオン様のせいでは……」

  ――元は私がグレイス様に甘くほだされて、逆らうことができなかっただけで……

「王宮内では事を荒立てたくはない。
 晩餐会の準備もあるし、そのあとは戴冠式と婚儀も間もなくに控えている」

 ――婚儀……

 ディオンが何も知らずに口にするものだから、余計に罪悪感が募る。
 グレイスは、ディオンとレティシア姫の婚儀を白紙にしたかったのだと、確信しているからだ。

「今は皆、気が立っている。
 滞りなくすべてを終えなければならないからな。
 今ここで何かが起きれば、王宮への信頼も、国の安定も崩れることになりかねない」
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