徳井涼平の憂鬱
2階に上がった涼平を見て、母のいつ子は「ごめんなさいね。あの子お爺ちゃん似で、ホントに愛想がなくて」と言った。

「そんな・・・一緒に行ってくれるみたいで、良かったです。」
「あ、ジーンズ代、渡しとくわね。」


*-*-*-*-*-

あれはまだ涼平が中学3年の秋だった。
土曜日、塾から帰ると賑やかな声が聞こえてきて、リビングに兄の友人たちが集まって鍋を囲んでいた。

「おう、涼平おかえり!」
「いらっしゃい。」
「お邪魔してまーす。」
「きゃー、匡平くんより男前じゃん弟くん。」
「うるせーよ。」

ガヤガヤとやかましい友人たちの中に、静かにペコリとだけ頭を下げた女性がいた。
他のメンバーとあまり面識は無いらしく、チョロチョロと動き回っては皆の世話を焼いていた。

「朱希ちゃーん。立ったついでに鍋にお湯足してー。」
「川田、初対面で馴れ馴れしいんだよ。」
「ははは、お湯ね。了解です。」

「涼平、かばん下ろしてアンタも食べなさいよ。」

突っ立って、リビングを凝視していた涼平にキッチンから母のいつ子が声をかける。

「え? ああ・・・親父は?」

賑やかなのが好きな父、周平(しゅうへい)は匡平の友人とも仲が良く、こういう席には必ず同席している。

「酒が足りん! て買いに行った。」
「あ、そ。」

 お湯を取りに来た彼女が涼平に再度ペコリと頭を下げ「お帰りなさい。」と言った。

「只今・・・帰りました。」

 兄貴のやかましい友人の中にはいなかったタイプだ。ジーンズに白いシャツというカジュアルな恰好なのに、まくり上げた袖から見える腕が色っぽくてドキッとした。

「お母さんスミマセン、お湯貰えますか?」
「はいはい。」

 やかんにお湯を入れて、いつ子が彼女に渡す。

「ええと・・・福田さんだっけ?」
「はい。」
「あなたも食べなさいよ。あの子達遠慮がないから。」
「はは、ありがとうございます。お母さんこそ食べてくださいよ。」
「ありがとう、これ切ったら行くわ。」

 なんて笑顔をする人なんだろう。

 突然きゅうっとなった胸を抑えて涼平は恋を知った。

「弟くんも一緒に食べよう。」

 すれ違いざま彼女に言われて、涼平は咄嗟に声が出なかった。

「そうだ、名前は?」
「・・・涼平です。」
「いくつ?」
「15歳。」
「え?」
「中学・・・3年です。」
「大人っぽいね。びっくり。」

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