あの時私は
あの時から今まで
全身鏡の前で入念にボディーチェック。まだ指でつまめる背肉と腹肉を見てため息が漏れる。
「まだ全っ然ダメだ...」
ほんの数ヶ月前から比べれば確実に体重は減っているが、一向にくびれの一つも出来ない身体に半ば諦めきっていた。15歳夏。
中学三年生、瀬山杏里。受験シーズン真っ盛り、このクソ忙しい最中、杏里は自分の身体と足元に苦しそうに寝そべっている体重計とにらめっこばかりしていた。
「夏って痩せやすいってテレビでもネットでも言ってんのになんでこんな体重なんだ...壊れてんのか?...いや待て!私の標準はみんなとは違うのか?」
論点がずれた独り言をぶつぶつと言いながら杏里は脱いでいた服をまた着なおす。
「やばっ!遅刻する!」
そういうと黒いショルダーバッグにノート、英語の参考書、筆箱を雑に入れそそくさと自宅を後にした。
そもそも何故受験生の杏里が勉強もそこそこにダイエットに勤しんでいるかというと、それは中学三年生の進級したての頃に少しさかのぼる。
地元の中学に通っていた杏里だが中学三年生になってもまだまだ知らない同級生が他のクラスに沢山いた。全部で五校の小学校から集められた中学は一学年に五クラス。少し多めな編成で、いくらクラス替えが年毎にあってもせいぜい覚えられる顔と名前は50~60人程度だろう。
そんな進級したての三年生の頃、最初は名前順に着席させられ何人かは小学校が同じだったり、同じクラスになったりした事のあるメンバーだったが、まだまだ知らない顔や名前の人ばかりだった。
クラス最初のホームルームは委員決めだった。まずはクラス委員を決める為なりたい者が挙手する。案の定隣の小村が手を挙げる。小村とは小学校、中学校と同じで、クラスも何回か同じになったがこの小村敦という人間は杏里の最も苦手とするタイプで、平たく言えばただの偽善者。
素早く手を挙げた瞬間、杏里は絶対こいつにだけは投票しない!っと決めた。
もう一人斜め後ろに座る男子が手を挙げる。
まだ一度もクラスが一緒になったことがない人だった。
スラッとした長身な彼が手をあげながら起立する。
周りの顔見知りなのだろう男子が
「立つなよ!大竹!手挙げるだけでいいんだよ」
とつっこみ周りが笑う。杏里も周りの雰囲気と突っ込まれて頬を赤く染めながら満面の笑みを返す彼の顔を見てつい頬が緩んだ。
そんなこんなで女子の立候補者が一名だったのでなんの問題もなく決まったが、男子の候補者は一人に絞らなくてはいけない為初めての班に分かれて話し合う事に。幸い隣の小村と杏里は隣の席だったが列を半分にして五人の班を作らなくてはいけなかった為、ちょうど真ん中の二人は前後の班に分かれて座る事になった。
あいつの班に入れられては、あいつに投票しなければならなかったかもしれない...
安堵した杏里だったが小村に投票したくないからといって別段もう一人の立候補者、大竹氏なる者に投票したいとも思ってはいなかった。
もっと言うなら別に誰がなんの委員になろうとも杏里はさして興味がなかった。
「あ~...どうしよう、別にどっちでもいいんだけど......。」
机の真ん中に置かれた真っ白な投票用紙を見ているとなんだか面倒くさくなり、ふと頭の中の考えが言葉に出てしまった。まずいっ!っと思った。
杏里の班にはもちろん斜め後ろに座っていた大竹がいたからだ。
まあ口に出してしまったものをもう消す事はできない...と諦めてはいたが恐る恐る顔をあげて彼の顔を見てみる。
彼は一瞬何を言われたか分からないような表情になったあとすぐに杏里の顔を見て、あの時の少し照れ臭いような赤ら顔を杏里にだけ向けて
「だったら俺に入れて下さいよ~!」
と弾ける笑顔で返した。それと同時に杏里の中の何かも弾けるように高鳴った気がした。
あの屈託なく笑う赤い顔を今でも忘れられない。
杏里の三次元での初めての恋だった。
「まだ全っ然ダメだ...」
ほんの数ヶ月前から比べれば確実に体重は減っているが、一向にくびれの一つも出来ない身体に半ば諦めきっていた。15歳夏。
中学三年生、瀬山杏里。受験シーズン真っ盛り、このクソ忙しい最中、杏里は自分の身体と足元に苦しそうに寝そべっている体重計とにらめっこばかりしていた。
「夏って痩せやすいってテレビでもネットでも言ってんのになんでこんな体重なんだ...壊れてんのか?...いや待て!私の標準はみんなとは違うのか?」
論点がずれた独り言をぶつぶつと言いながら杏里は脱いでいた服をまた着なおす。
「やばっ!遅刻する!」
そういうと黒いショルダーバッグにノート、英語の参考書、筆箱を雑に入れそそくさと自宅を後にした。
そもそも何故受験生の杏里が勉強もそこそこにダイエットに勤しんでいるかというと、それは中学三年生の進級したての頃に少しさかのぼる。
地元の中学に通っていた杏里だが中学三年生になってもまだまだ知らない同級生が他のクラスに沢山いた。全部で五校の小学校から集められた中学は一学年に五クラス。少し多めな編成で、いくらクラス替えが年毎にあってもせいぜい覚えられる顔と名前は50~60人程度だろう。
そんな進級したての三年生の頃、最初は名前順に着席させられ何人かは小学校が同じだったり、同じクラスになったりした事のあるメンバーだったが、まだまだ知らない顔や名前の人ばかりだった。
クラス最初のホームルームは委員決めだった。まずはクラス委員を決める為なりたい者が挙手する。案の定隣の小村が手を挙げる。小村とは小学校、中学校と同じで、クラスも何回か同じになったがこの小村敦という人間は杏里の最も苦手とするタイプで、平たく言えばただの偽善者。
素早く手を挙げた瞬間、杏里は絶対こいつにだけは投票しない!っと決めた。
もう一人斜め後ろに座る男子が手を挙げる。
まだ一度もクラスが一緒になったことがない人だった。
スラッとした長身な彼が手をあげながら起立する。
周りの顔見知りなのだろう男子が
「立つなよ!大竹!手挙げるだけでいいんだよ」
とつっこみ周りが笑う。杏里も周りの雰囲気と突っ込まれて頬を赤く染めながら満面の笑みを返す彼の顔を見てつい頬が緩んだ。
そんなこんなで女子の立候補者が一名だったのでなんの問題もなく決まったが、男子の候補者は一人に絞らなくてはいけない為初めての班に分かれて話し合う事に。幸い隣の小村と杏里は隣の席だったが列を半分にして五人の班を作らなくてはいけなかった為、ちょうど真ん中の二人は前後の班に分かれて座る事になった。
あいつの班に入れられては、あいつに投票しなければならなかったかもしれない...
安堵した杏里だったが小村に投票したくないからといって別段もう一人の立候補者、大竹氏なる者に投票したいとも思ってはいなかった。
もっと言うなら別に誰がなんの委員になろうとも杏里はさして興味がなかった。
「あ~...どうしよう、別にどっちでもいいんだけど......。」
机の真ん中に置かれた真っ白な投票用紙を見ているとなんだか面倒くさくなり、ふと頭の中の考えが言葉に出てしまった。まずいっ!っと思った。
杏里の班にはもちろん斜め後ろに座っていた大竹がいたからだ。
まあ口に出してしまったものをもう消す事はできない...と諦めてはいたが恐る恐る顔をあげて彼の顔を見てみる。
彼は一瞬何を言われたか分からないような表情になったあとすぐに杏里の顔を見て、あの時の少し照れ臭いような赤ら顔を杏里にだけ向けて
「だったら俺に入れて下さいよ~!」
と弾ける笑顔で返した。それと同時に杏里の中の何かも弾けるように高鳴った気がした。
あの屈託なく笑う赤い顔を今でも忘れられない。
杏里の三次元での初めての恋だった。
< 1 / 5 >