あの時私は
あの気持ちはなんだったのだろう。
ベッドの中で反芻するのが毎日寝る前の日課になっていた杏里。正直人に対してこんな感情になったことがなかった。しかもこんな事を考えながら寝落ちしてしまうものだから、夢にまで大竹が出てくる始末。
まだ身近な人を好きになったことがないので、なんだかこんな気持ちを抱くことすら恥ずかしい気さえする。
友達にも言えない。
バレたくない。
そんな事を思うようになり、杏里はこの気持ちを誰にも言わずばれない様に生活していこうと決めた。もちろん大竹にも。
杏里は静かな寝息をたてながら頭の中では通学路を友達と歩いていた。



「おはよう」

教室に入ると後ろの席に座る園屋静があいさつした。

「しーちゃん、おはよう」

小学校から一緒で何をしても出来の良い色白の女の子らしい静。杏里は自分とはかけ離れて良い子の静を友達として大好きでいつも見習うようにしていた。
実際の所、ずぼらな杏里はカバンの中は食べ掛けのガムやら、筆箱に入らないペンやら、落書きしてそのままにしてあるぐちゃぐちゃのノートの切れ端やらが散乱していて、いつか片付けなくちゃと考えながらも出来ない性格だった。

最近というもの斜め後ろの大竹を気にして机の中だけはぱっと見キレイにしていたものの、こんなに整理整頓出来ない自分と比べ、大竹の隣には絆創膏やら裁縫セットやら四次元ポケットのように色々な物を出しては人に貸してあげている静が気になっているのではないかと不安な気持ちになってしまう杏里。一つ一つ可愛らしいポーチに小分けされて整理整頓されている静の備品たち。
それに比べ私は...
そんなくだらない劣等感に気持ちを支配され、そして自己嫌悪の渦に飲み込まれていく。
なんてバカなんだ。
だったら自分を変えればいいのに。
そんな事を考える様になりウジウジしてる自分に活を入れる為杏里の中で一大決心をすることにした。

ダイエットしよう!!

こんな性格の杏里。よく使う言葉は面倒くさい、なんなら酷い時はトイレに行くのもご飯を食べる事すら面倒くさいと言う杏里の部屋は床から五センチ浮き上がった本やらCDやらが床を埋め尽くすように散らかっている。そう、だらしないのだ。こんなだから身体もだらしなく引き締まらない。
こんなんじゃダメだ!
きっとダイエットすれば、このだらしない生活も性格ともおさらばできる。だってダイエットなんて一番面倒くさいんだから!!

そんなこんなで冒頭に戻る。今杏里は面倒くさい事ナンバー5には入る無機質で鼻息すら気になる真っ白な机とパイプ椅子が置いてある、この場所にいる。部屋の前にはワイドなホワイトボードが置いてあり意味の分からない字がびっしりと詰められていた。杏里の前には一応今やっている授業のページが開かれた参考書とノート。
大事な要点にマーカーは引かれてはいるものの他の場所には落書きもされてないきれいな参考書に対して、目がチカチカするほど色鮮やかに書かれたノートがまるで違う人のノートを借りたかのように滑稽に杏里の目に映る。
この授業に興味などない、ただ暇だからノートに落書きして暇を潰しているのだ。隣にいるのは無理やり杏里を誘った高峯奈津美。
カリカリとシャーペンの音を奏で真剣に授業を聞いている。
静まり返った真っ白で統一されたこの部屋は杏里にとってとても居心地が悪かった。何故夏期講習など行かなくてはいけないのか...
このシーズンこんな事を思っているのは杏里位ではないか。
勉強がさして好きではなかった事もあり、この夏期講習も奈津美がしつこくせがむなかずっと断り続けていた。
場所も自宅から電車で一時間と長く、せっかくの夏休みはマンガをみたりテレビを見たり杏里の中ではそれで忙しかった。進級前からの誘いだったがいざダイエットをすると決めた杏里はこの誘いにすんなりと首を縦にふったのだ。
こんな機会滅多にないのじゃないか?...ふと杏里の頭の中で誰かが語りかける。
この夏期講習に行けば場所は遠いので必然的に歩くし、人前であまり食べるのが好きではなかった杏里だがここでは嫌でも給食の時と一緒で、人とご飯を食べなければならない。
絶対に食欲が押さえられる。間食なんかも出来ないし、なんなら頭までこの夏休みで良くなってしまうかもしれない!
そんな浅はかな考えでこの誘いに乗ったのだ。
それに奈津美とは小学校の時からの大親友でしょっちゅう遊んでいたし、知らない人ばかりの所は嫌いだけど奈津美がいるのなら別にいいか...と思っていた。
今この時、この瞬間過去の自分を呪いたくなるほど後悔した。
つまらない...
横で嬉々として授業を聞いている奈津美が同じ人間なのかと不思議に思う。まあ後少しでこの夏期講習も夏休みも終わる。今まで生きてきたなかでこんなに夏休みが終わるのが待ち遠しい事はなかった。
大竹の前で恥をかくのはごめんだと、生まれて初めて8月中旬には学校で出された宿題を終えていた。
一つまた一つとだらしない自分が消えていって、杏里は清々しい気持ちを覚えた。


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