黒き魔物にくちづけを

「まあ、ありがとう!いつも助かるわ」

彼女は礼を言って、彼らから果物たちを受け取る。エルフたちは嬉しそうにまたピーと鳴いた。言葉は分からないけれど、気持ちならわかると彼女は思う。

物を渡し終えると、エルフたちは揃って彼女に早く帰れというように屋敷の方を指さす。彼女を嫌ってのことではなく、怪我をしている魔物についてやれということらしいと知っていた。彼はこの森の魔物に、かなり慕われているらしかったから。

「もう熱も下がったしつきっきりじゃなくても大丈夫だとは思うんだけど……わかったわよ」

しつこくピーピー言っているエルフたちに押され、彼女は苦笑気味に踵を返した。

彼の怪我だが、やはり魔物だけあって人より回復力が高いらしく、治癒は早かった。さすがに完治とまではいっていないが、もう傷は塞がっているし、明日にでも動き回れるようになるだろう。

──あの日の夜、話したことについては、結局放置されたままになっていた。彼はあれ以上は話すつもりはないようだったし、彼女自身も予想以上に混乱していた。あの日はあのまま解散したのだが、なんと次の日に、無理をしたせいか彼の熱がひどくなってしまったのだ。

熱が下がるまでは本当に大変だった。魔物が定期的に悪夢を見ては暴れ出すせいで包帯は乱れるわ塞がりかけた傷は広がるわで散々だったのだ。その代わり、下がってからの回復は早かったのだが。

そんな経緯で、あの日の会話を蒸し返すタイミングを見失ったまま、彼女達は何となく、あの会話をする以前の距離感へと戻っていた。

それに関する会話があったのは一度だけ。熱が下がる直前のことだ。魔物にスープを作って運んできた彼女に、彼はどこか気まずそうに、『出ていかなくて良いのか』と問いかけた。

え?と思わず手を止めて問い返した彼女に、寝転んだままの彼は言いにくそうに訊ねた。

『いや、その……ここで俺と暮らすことに、抵抗はないのか』

妙に気まずそうな彼の様子に、エレノアは何の話かを察する。『お前を壊したのは俺だ』なんて言われて、そのまま暮らせるのかと言うことなのだろう。

『他に行くところが無いって言ったでしょう。それに、病人放り出して出ていくほど冷血じゃないわ』

彼女がつんとそう言うと、彼は『そうか』と短く、どこかほっとしたようにも聞こえる声音で言った。その、短いやりとりを交わしたっきりである。
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