黒き魔物にくちづけを

本音を言えば、まだ彼から話されていないことがきっとあるはずだからそれを知るまでは意地でも森にいるつもりだ、というのもある。もし彼がエレノアに害をなす存在だったとしても、自分を惜しむ気もないのだからという、どこか投げやりな考えももちろんあった。だが、それは彼には言わなかった。何となくだけど、これを言ったらきっと彼は悲しむと思ったから。

(今はこれ以上は話すつもりは無い、って言ってたけど……いつになったら話すつもりになってくれるのかしら)

屋敷への道中、彼女は考える。実はもう、エレノアにははじめの頃のように、誰でもいいから教えてくれる存在を見つけて自分で答えを掴もうという気はあまり無いのだった。それをやるのは何となく後ろめたく感じてしまうのと、あとは、彼の口から聞きたいと思うのと。

魔物は間違いなく、彼女の過去に絡んでいる。それもきっと、かなり。ならば彼女が教わるとしたら、それは魔物から以外に誰がいるのだろう。

(もし知ったら、その後はどうしようかしら。……あの人、頼めば私を殺してくれるかしら?)

ふと、そんなことを考える。人間の町に戻る、という選択肢は無かったし、思い出した後に魔物と自分が変わらず暮らしていける未来はあまり想像出来なかった。だとしたら彼女に残されたことは、十年前のあの日終わるはずだった、伸びすぎてしまった生を終えること──。

(……でも、あんまりやってくれそうにないわよね)

彼女は小さくため息をつく。それから、そんな日はまだ遠いだろうからとその思考を彼方へ追いやった。先延ばしにした、とも言える。エレノア自身も今の生活はそこそこ気に入っていたので、わざわざ死に急ぐ気はあまり無かった。

ようやく、森が開けてくる。木々の向こうから立派な建物が見えてくる。屋敷へと、帰ってきたのだ。
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