黒き魔物にくちづけを

「……あら?」

扉の前に黒い影を見つけて、彼女は首を傾げた。縦に長いその人の姿がそこにあるのは、彼女にとって予想外のものだった。

「ラザレス、どうしたの?一人で歩いて平気なの?」

慌てて駆け寄って、まだ大人しくしているだろうと思っていた怪我人のはずの男──ラザレスを覗き込んで、そう尋ねる。彼は気まずそうな、けれどどこかほっとしたような表情を浮かべた。

「いや、もう動ける。ただその……いつ帰ってくるのかと思って」

もう動けるという言葉通り、一人で立っている彼の表情に苦痛は見られなかった。明日には動くだろうと思っていたけれど、それよりも早かったらしい。

それを確認しながら、後半の言葉に彼女は首を傾げる。わざわざ入口で待たれるほど、長い散歩はしていないはず。

「それは良かったけど……まだ出かけたばかりじゃない?そんなに寂しかったの?」

「い、いや、そういうわけじゃ」

からかい半分でそう尋ねると、男は思いっきり動揺したように視線を逸らした。……まさか、図星だったのか。

予想外の反応に思わずぽかんとしたエレノアに、彼は誤魔化すように慌てて口を開いた。

「とにかく、もう動けるから、明日からは俺が行く。お前ばかりに頼むのも悪い」

「……そう?でも、私も行きたいからついていくわね。……ふふ、デートみたい」

「はっ?!」

エレノアが付け足した言葉に男は大きく動揺した。いちいち反応が良いから、ついからかいたくなってしまうのは秘密である。けれどもその反応はあんまりだろうと、彼女はじろりと彼を見上げた。

「何よ、不満?」

「い、いや、違う」

「じゃあ決まりね」

無理矢理に話をつけると、彼はまだ挙動不審になりながら、それでも諦めたらしく口を閉ざした。
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