黒き魔物にくちづけを

「……実は最近、魔女とその手下の魔物が森に住んでいる、という噂が広がっているらしいです。ですから、森へ帰るところだけは見られないように注意した方がいいと思います」

聞かれたらまずいと思っているのか、少女はほとんど囁き声で最後にそう付け足した。ありがたい助言に、エレノアはしっかり頷く。

「わかった。ありがとう、助かるわ」

「良かったです。あの、また是非顔を見せに来てください。協力できることは、協力したいんです」

「そうね……黒い目でも大丈夫みたいだし、たまにはこっちに来てもいいかもしれないわね。その時はここに寄るわ」

恩返しをしたい、とまっすぐな瞳で言うセレステをありがたく思いながら、彼女は頷いた。

布は一瞬迷ったが、結局被らないことにして少女に手を振る。少女は店先まで出てきて、深々と頭を下げて見送ってくれた。

(……また来て、なんて言われるの、初めてだわ)

曲がり角に差し掛かった時、ふと振り返ると少女はまだそこにいてこちらを見送っていた。ちょっとびっくりして、それからもう一度手を振ってみると、少女もはにかみながら手を振り返してくれた。

友達同士のようなそれにこそばゆさを覚えながら、エレノアは角を曲がって街の入口への通りを進む。

途中で何人かとすれ違ったが、エレノアの黒い瞳が見えているはずなのに、彼らは何の反応も寄越さなかった。本当に、この街で黒という色は恐れる対象ではないらしい。セレステを信用していない訳では無いのだが、半信半疑だった彼女は内心で驚いた。

(こんな所が、あったなんて)

森への道を急ぎながら、どうしても彼女は考えてしまった。もし、もしも、自分がどこかで、この街を住む場所に選んでいたら?

(ここだったら、【普通】に暮らせていたのかしら……?)
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