黒き魔物にくちづけを
ラザレスが動揺をあらわにする。エレノアは返事を待たず、彼のベッドに乗り上げた。
「もうちょっとそっち行って。落ちそうだわ」
「す、すまん。……じゃなくて、おいエレノア、待て、」
反射的なのだろうか、身体を少し奥にずらしてエレノアのスペースを空けてしまってから、慌てたようにラザレスが制止をかける。内心でやはりそう来たかと思いながら、エレノアはちらりと彼を見上げた。
「……やっぱり、だめかしら?」
至近距離から少し上向きで見つめてみる。魔物はわかりやすくうっと言葉を詰まらせた。
「あ、いや……駄目というわけでもないのだが……」
「……そんなに邪魔なら戻るけれど」
「じゃ、邪魔とは言っていない」
しおらしい態度をしてみると魔物は途端に及び腰になって言い訳のように言葉を連ね始める。予想以上の反応に、エレノアは内心で呆れた。彼女の脳裏に、ちょろいという言葉が浮かぶ。
「じゃあ、ここにいてもいいのね?ありがとう」
間髪をおかずににっこり笑ってそう言うと、魔物は複雑そうな表情を浮かべた。
「……けれど、さすがにまずいだろう。同じベッドで寝るなんて」
「そう?私、ほとんど毎日ここで目を覚ましているわよ」
まだぶつぶつと言葉を続ける魔物にそう返すと、その通りの指摘にぐっと魔物が詰まる。
「それは……いやでも、あれは俺がその、無意識のうちにやっているんだろう?」
「ふうん、意図的にやるのは駄目だけど、無意識なら許されるわけね?」
即座にそう反論すると、論の弱点を突かれたラザレスは慌てて撤回した。
「いや、そういう訳じゃ……」
「なら問題ないじゃない」
にっこり笑ってそう言うと、すっかり言い負かされた男はひどく複雑そうな顔をする。言葉で彼女には勝てないと悟ったのか、それ以上続けることはしなかった。