黒き魔物にくちづけを

「どんな風に……は、あまり変わらないな。定期的に森の様子を見て、屋敷に帰ってきて寝て」

「なるほどね。……あなたは悪夢が酷いから、何もすることがないとすぐに寝てしまうのだったものね」

過去形で確認したのは、エレノアが来てから彼の睡眠事情もいくぶんか改善して、すぐうたたねをしてしまうということが無くなったからだ。おかげで最近の彼は、することがないと手持ち無沙汰のあまり彼女のあとをくっついてまわるようになっている。昨日は掃除を手伝わせた。

「その、あなたがうなされる悪夢はどのようなものなの?普通の夢ではないみたいだったから、何か原因があるんじゃないかと思うんだけど」

しばらく前から気になっていたことを、丁度いい機会だと訊ねると、魔物は少し黙って考え込む。

「夢……なのかもわからないんだ。何と言えばいいのだろうな。映像や音があるわけではなくて、ただ、感情だけがある、というか」

彼は一つ一つ言葉を選ぶようにして話していく。彼自身でも、どんな感じなのかはよくわかっていないのかもしれない。思い出すように時折首を傾げながら、彼は続けた。

「悲しみ、怒り、恐れ──そういった負の感情を、延々と見ている感じなんだ。何度も見て、夢だと分かっているのに起きることが出来ない」

「……なるほど」

魔物の話を聞きながら、彼女は考える。負の感情を延々と見る、覚めることの出来ない夢。そんなものをエレノアは見たことがないし、見るという人も聞いたことがなかった。うなされる彼の様子を見た時も感じたことだが、やはり呪いのようなものが原因になっているのだろうか。

「……ちなみに、それを見始めたのはいつから?ずっと?」

ずっとあの調子ではさぞかし辛かっただろうと思いながら訊ねると、魔物はまた思い出すように首をかしげ、思わぬことを口にした。

「そうだな……悪夢を見始めたのはこの辺りに住み始めてからだから五、六年前だな。ちょうど翼が生えてきたのもあの辺りだったな」

「……え?」
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