黒き魔物にくちづけを

最後にさらりと告げられた情報に、エレノアは目を丸くする。どういう事なのだろうかと、思わず至近距離から銀の瞳を見つめた。

「待って、翼は、ずっと生えていたものではないの?」

鳥は生まれた時から翼をもっている。それと一緒で、彼は生まれた時から彼だったのだとてっきり思っていた彼女は、驚いて訊ね返す。ところがラザレスは、彼女の動揺とは裏腹に当たり前だと言うように頷いた。

「いや、この翼は突然生えてきたものだ。起きたら翼があったんだから驚いたぞ」

「お、起きたら……?」

しかも一晩で生えたらしい。生えてきたのだとして、じわじわと大きくなっていったのだろうと思った彼女は仰天した。

「ああ。今考えると不思議だな。気付かないうちに生えてたんだから」

「しみじみと言ってんじゃないわよ。当時は不思議じゃなかったの?」

魔物だからなのか何なのか、あまり驚いた様子のない彼に彼女は突っ込んだ。それにも、やはり魔物は、あまり動揺した様子もなく頷く。

「ああ。突然姿が変わることはよくあることだからな」

「よくある、って……」

あっけらかんと言う魔物に彼女の方が驚き呆れていた。このへんの感覚の違いは魔物と人という種族差によるものなのだろうか?

「とりあえず、そんな感じだ。俺は五、六年前、この辺りに来て、この屋敷に住み着いた。それからお前が来るまで、ずっとビルドと二人で暮らしていた」

「ふうん……」

わかったような、わからないような。複雑な気持ちのまま、エレノアは頷いた。

疑問が解決したのかと言えばあまりそんなこともないのだけど、とりあえず、魔物が緊張をうまい具合に忘れてくれたらしいので丁度いい。距離感については、毎朝この状態で挨拶を交わしているので慣れているのだろう。
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