黒き魔物にくちづけを
「……お前は、どうだ?」
そして、今度は魔物の方から問いかけてきた。
色々なものを省略した簡潔な問いに、彼女はきょとんと見つめ返す。彼は自分の言葉の足りなさに気がついたようで、気まずそうにしながら言い直した。
「あ、ああ、その、昔のことだ。森へ来る前、お前は何をしていたのか、と」
「……あ、そういうこと」
彼女は遅まきながら理解した。彼は、エレノアが先ほどした問いかけを、そのまま返してきたのだ。『出会うまで、どんな風に生活していたのか』、と。
「俺はお前が町にいた頃の様子は知らない。だから、教えてくれないか。……あ、もちろん、話したくないなら構わないが」
ラザレスの銀が、まっすぐにエレノアをとらえる。気遣うように付け足されたのは、それが決して順風満帆なものではなかったと何となく悟っているからなのだろう。
森へ来る前、町にいた頃。思い出すのは、つい先程見た夢だ。
「……話しても良いけれど、聞いてもあんまり面白い話ではないわよ?」
そう前置きすると、魔物はわかっていると言うように小さく頷いた。
「構わない。お前がどうしていたのか、知りたい」
エレノアを見つめてそう言ってくれる彼の瞳は、いっそ泣きそうになってしまうほど真摯で。この人になら話してもいいかな、と自然と思えていた。
彼女は一呼吸おいてから、話し始めた。
「……そうね、働いていたわ。雇ってくれるところでなら、どこでだって働いた。喫茶店、鍵屋、花屋、武器売り、仕立て屋……まだまだあるわよ。おかげで色んな知識や力がついて、大抵のことは出来るようになったわね」
「そうか。エレノアは、器用だもんな」
指折り職場を挙げていきながら、彼女は話していく。魔物は少し目を細めて、彼女の話に相槌を打った。