黒き魔物にくちづけを

「まあ、この目のせいで、どこも長続きはしなかったんだけどね。気まぐれで雇ってくれても、やっぱり黒は怖かったみたい。例えば家の中でネズミが死んでいたとか、鏡が割れたとか、そういう小さな不吉が起こった時に、その原因だと言われるのは私だったわ」

「……だがそれは、エレノアのせいではないだろう?」

彼女が淡々と話す内容に、魔物は納得がいかないというように眉をひそめている。自分がこれまで思っていたことと同じことを言ってくれるラザレスに、エレノアは救われるような心地をおぼえた。

「その通りよ、失礼しちゃうわよね。……でも、黒は不吉の象徴だから、私みたいなのが目の前にいると、不吉な出来事の理由付けをするちょうどいい対象になるみたいなのよね」

この話に関しては、何度も何度も理不尽を経験するうちに達観してしまった節がある。静かにそう話すと、ラザレスはそれでも納得がいかないようで、彼女に複雑そうな視線を向けている。

「この黒のせいで理不尽に解雇されたことなんて数え切れないわ。男達に殴られて村から追い出されたこともある。目を潰そうと襲われかけたこともあったわね。住んでいるところに火をかけられたのが一番困ったわ。何もかも焼けちゃったんだもの」

せめて空気が重くならないようにと、エレノアは天気の話でもするような調子で告げる。言葉に出しても、別段感傷的な気分にはならなかった。当時はそれなりにショックだった記憶があるけれど、だんだん麻痺してしまっているらしい。

けれど話を聞くラザレスは、まるでエレノアの代わりに悲しんでくれているかのように、沈痛な表情を浮かべていた。

「……そう、か。すまない、辛い事を訊いたな」

暗い声で、彼は言う。そう言う彼の方が、エレノアよりもよほど辛そうな表情で。

(悲しんで、くれているのかしら。……私のために?)
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