黒き魔物にくちづけを
「……大丈夫よ。今元気に生きているんだから上々だわ。よくもまあしぶとく生き残れたものだとは、自分でも思うけど」
目の前の彼がこんな表情を浮かべているのがどうにも居心地が悪くて、重くなった雰囲気を吹き飛ばすように、彼女はおどけてそう言った。
「……そうだな。お前が、しぶとくて良かった」
少し、間をあけて。彼はふっと柔らかく微笑んでそう言った。
ラザレスは手を伸ばしてエレノアの頬を包み込む。至近距離で彼女を覗き込んだ彼は、存在を確かめるように輪郭をなぞった。
撫でるような力加減はくすぐったくて、けれど振り払うことはなんとなく躊躇われる。仕方なく、エレノアは抗議の念を込めて彼を見つめた。
「?」
けれどその念は欠片も伝わっていないようで、魔物はきょとんとしながら彼女を見つめ返してきた。
銀の視線と黒い視線が、至近距離で交わる。
(……やっぱり、綺麗な色)
闇の中でも、彼の銀の瞳はほんの少し光っていた。まるで星のように、やわく浮かび上がっている。静かで落ち着いた、彼らしい色。
思わずその銀色に見惚れかけたその時、けれどラザレスが、その均衡を破った。
「……俺は、お前の瞳が好きだ」
ぽつりと、唐突に、告げられた言葉。
冷たい銀色を優しくほどかせて、愛おしいものを見つめるようにこちらに視線を注ぎながら、魔物はそう言ったのだ。
「……え……?」
言葉の理解に手間取って、彼女は間抜けな声をあげる。ラザレスは指を伸ばして彼女の瞳のあたりをなぞりながら、言葉を続けた。
「吸い込まれそうな黒色なのに、お前の瞳はきらきらしている。……そこが、好きだ。だからお前は、その目を誇りに思っていい」
壊れ物を扱うかのように丁寧に触れながら、彼はエレノアにとって初めての言葉を、くれた。