黒き魔物にくちづけを

決して上手い形容ではない。それなのに、そう言う彼自身の瞳が、あまりに真摯だからだろうか。

「…………っ」

エレノアの頬が、段々と熱を帯びてくる。視線が、触れられている手が、恥ずかしくてたまらない。

気を紛らわそうと思っても、熱を分散させることはかなわなかった。暗闇で助かった、赤くなっているかもしれない、などと考えて、けれど同時に相手が夜目の利く魔物だと思い出す。

(……ばれるじゃない!)

さっと顔を青ざめさせた彼女は、どこか顔を隠せる場所を探す。けれど当然そんな場所なんて、あるはずもなく──いや、一つだけある。

「お、おい……!?」

魔物が焦った声を出す。それもそのはずだ。突然、彼女が自分の胸に顔を押し付けてきたのだから。

「え、エレノア?どうしたんだ」

「うるさい、私がこうしたいの。いつもこうしてるんだから別にいいでしょう」

顔を隠せる唯一の手段──それは、彼の顔にそれを埋めてしまうことだ。そうしてしまえば、いかに夜目が聞こうとも見ることは出来ないのだから。

(仕返しよ。あんなの、ずるいもの)

恥ずかしさを押し殺すように、彼女はぎゅうぎゅうとしがみつく。魔物が動揺した声をあげているが、聞かないことにした。私の動揺を味わえばいい、なんて思いながら。

そうしているうちに、段々と眠気がやってくる。普段寝ている体勢になったことによる反射なのだろうか。力が段々と抜けて大人しくなってくるエレノアに、ラザレスは焦った。

「え、エレノア?寝るのか?このまま?」

狼狽えたような声はちゃんと聞こえていたが、エレノアは返事をしないで瞼を閉じる。ラザレスはまだ慌てたようにしているが、彼女がもう寝ていると思っているのか途端に動きも声も小さくなった。
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