黒き魔物にくちづけを
しばらくすると、はじめは離れてもらおうと奮闘していたラザレスの腕が、彼女を抱きしめるような形で背中へと落ち着く。
(……うん、ここなら、もう夢は見なさそうだわ)
薄れ行く意識の中、彼女はそんな安心感に包まれていた。自分の居場所はここにあると、そんな風に感じながら。
「……お前が、生きていてくれて良かった」
意識が途切れる直前、ぽつりとそう呟くラザレスの声が、聞こえた。
***
きんと冷えた空気が、鋭く肌をさす。ひどく、静かな朝だった。それは、音を吸い込むのだろうか。
一面の銀世界に、彼女は感嘆の息をもらした。
「綺麗……!!」
──森に、雪が降っていた。
「ユキー!ユキー!」
ビルドがはしゃぐ声が聞こえてくる。白い景色の中に、染みのように黒い点が見えるが、あれだ。
昨日の夜中、雪が降るかもしれないと思ったエレノアの予感は的中した。昨夜のうちから降りだしたらしい雪は、森を白く染め、朝になっても降り続いていた。
エレノアはもう一度窓の外を見て、その景色にまた見惚れた。白一色の静謐な景色は、それほどに美しかった。
もちろん町にいた時も、雪くらい見たことはある。けれど、広い森の一面を雪が覆う景色は、それとは比べ物にならないほど神聖だった。
「エレノア、寒くはないか?火、もう少し大きい方が良いだろうか」
暖炉に火を組み終わったラザレスが、気遣うように声をかけてくる。ちなみに、暖炉の付け方もエレノアが教えたものだ。
彼に問われた彼女は暖炉を見る。昨日の運んでおいた分の残りを使ったらしく、薪の量はそれほど多くはなかった。恐らく今日は長く使うだろうことを考えて、もう少し運んでおいた方がいいかもしれない。
「寒くはないわ。でも薪はもう少し足した方がいいかもね。後で運んでおきましょう」