黒き魔物にくちづけを

エレノアがそう答えた時、屋敷の二階の方からバサバサと羽音がする。開け放している窓から、ビルドが帰ってきたのだろう。

「おかえりなさいビルド。楽しかった?」

ひとしきりはしゃぐ様子を見ていたエレノアは、居間へカラスが入ってくると同時にそう声をかける。だがビルドは、予想とは裏腹にどこか沈んだ顔をしていた。

「……かしら、これ、ミテ」

何も言わないままラザレスの前まで進んだビルドは、足で掴んでいた何かを彼の目の前に落とす。ボトリ、とその何かが音をたてた。

「……!」

エレノアとラザレスは、揃って息を呑む。

それは、動物の死骸だった。切られたような裂かれたような傷口から出る血はまだ赤く、殺されてからそう時間が経っていないことがわかる。大きさからして、兎か狐だろうか。無惨に八つ裂きにされたそれが、元の姿がどんなものなのかは想像がつかなかった。

「ウラで、みつけた。ころされてた。それでね、やったのが……」

深刻な声を出して、ビルドがそう報告する。眉をひそめて死骸を見つめていたラザレスは、次の瞬間には目を見開いた。

「この臭い……まさか」

彼は何かに気がついた様子で、死骸とビルドとを見つめる。カラスはこくりと頭を縦に動かした。

「いや、でもおかしいだろう。あいつらは他の動物を襲うような性質ではながったはずだ」

「でもビルド、ころすとこみたよ」

腑に落ちない様子で、ラザレスは腕を組む。そのただならぬ雰囲気に、エレノアは黙って様子を見守った。彼らが何を話しているのか、さっぱり分からなかった。

その死骸の傷口をじっと観察する。ひどく鋭い刃物のようなもので、素早く何度も傷つけられた痕のように見えた。
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