黒き魔物にくちづけを
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彼が戻るまで何もするわけにもいかないと家の中のことをしていたエレノアだが、とんでもない事態に気付いてしまった。
使える薪が、無いのだ。
薪を保管する倉が屋敷の裏にあるのだが、なにぶん古い建物なので屋根が雪の重みに耐えられなかったらしい。中にあった薪は屋根の残骸もろとも雪でびしょびしょになっていた。
今は屋敷の空いている部屋に運び、いくつかは暖炉の傍に並べて乾かしてはいる。けれど中までびっしょり濡れてしまっているので、燃やせるようになるまでは一日以上かかるだろう。
(……絶対、もたないわよね)
あまり大きくはない火を見つめながら、エレノアは思う。あと半日くらいは大丈夫だろうが、そうすると日が暮れてから暖炉を使えないことになってしまう。
雪はまだ降っている。暖炉が使えなくて、おまけに夜だなんて、考えただけで凍えそうだ。
「……買いに行くしかないわね」
並べた薪の様子を確認して、駄目そうだと悟った彼女は溜息をついた。ラザレスが帰ってきたら、ビルドに頼んでまたあの街へ飛んでいってもらおう。
初めてあの街へ行った日から、それなりに時間が経っていた。街へ行くのはあの日以来のことになる。
(二回目だし、黒い目でも何ともないことを知ってるし、前ほど身構えなくて良いわよね。セレステにもまた来てって言われてるし)
そう考えながら、エレノアは箪笥の奥から町で着ていた服を出す。前回は旅人に扮したから粗末な身なりで行ったけれど、今回は普通の格好で良いだろう、と思ったのだ。
(普通の格好の方が、街の人の話を聞きやすいものね。……やっぱりあの噂、気になるもの)
街に行く、と考えた時に、どうしても脳裏をよぎるのはセレステから聞いた噂のことだ。森に魔女とその手下の魔物が住んでいる、という噂が最近広まっていると彼女は言っていた。他の生き物を襲う恐ろしい魔物だ、と叫ぶ母親も見た。火のないところに煙は立たぬという言葉もある。噂のたつきっかけとなったものがあるのなら、それを知っておきたい。