黒き魔物にくちづけを
「……そう言えば、その薪はどうしたんだ?」
ふと壁際に目をやったラザレスが、立てかけられた乾燥中の薪に目をやる。確かに、ずらりと薪が並ぶ光景は事情を知らなければ異様だろう。
「雪で濡れちゃったのよ。乾かしてるんだけど、多分明日まで使えないわ」
つい先程も、やはり燃やせる状態には遠いことを確かめたエレノアは小さく息をついてそう言う。ラザレスは少し驚いた様子で言った。
「明日まで使えない……って、まずいんじゃないのか」
「そうなのよ、今の火じゃ日暮れまでもちそうにないわ。……だから、今夜のぶんだけでも街へ行って買ってこようと思って」
エレノアが「街へ行く」と言うと、彼は大きく目を見開いた。
「街へ……って、そんなに頻繁に行って、大丈夫なのか」
「え?」
ひどく心配そうな様子に、エレノアはきょとんとする。それから、そう言えば彼にはあそこで黒は迫害されないということを言っていなかったことを思い出した。
「……ああ、大丈夫よ。あの街ね、黒を恐れないんですって。偶然会った知り合いが教えてくれたの」
だから心配しないで、という意味を込めてにっこり笑うと、それを見たラザレスは今度は動揺したように彼女を凝視する。
「……黒を……?……そ、そうなのか」
「……?そうよ。だから心配しないで」
何故か大きく揺れている視線の意味が分からずに、彼女は戸惑う。今の話で動揺する必要がどこにあったのだろうか。とりあえず大丈夫だから心配するなと言うように、もう一度笑って見せた。
「……わ、わかった」
間をあけてから頷いた彼の様子はやはりどこか戸惑いがちで、そんな彼にエレノアの方が戸惑いつつ、彼女は街へと出かけたのだった。