黒き魔物にくちづけを
「逃げていいわ」
エレノアは、少女をまっすぐに見つめる。
「あなたは、生きるべきだもの」
少女の瞳が、さらに大きく見開かれる。その澄んだ青に、エレノアが映り込んでいた。
「そん、な……でも、生贄がいないと、町は……」
「いるじゃない、生贄ならここに」
エレノアの言葉を正しく解した少女の表情が、驚きの色に染まる。その視線を受けて、彼女は不敵に微笑んで見せた。
生贄ならここにいる──エレノアという、代わりが。
「どうして……魔物が、恐ろしくないのですか……?」
「……うーん、そうね」
先ほど自らが投げかけた問いが自身に返ってきて、エレノアはしばし考える。それから、ゆっくりと顎を引いて首肯した。
「恐ろしくない、わけでもないのだけれど……私だって、化け物だから」
そう言って、エレノアは顔をぐっと少女に近付ける。──少女の水色の瞳の前に、自らの黒を晒すように。
「不吉な黒をもつ私は、化け物みたいなものでしょう?」
黒に映し出された少女の顔が、驚きに染まった。
「で……でも、あなたは、化け物では……」
「……あなたは、私が怖い?」
化け物ではない、と言おうとしたであろう彼女の問いを遮って、彼女は問いかける。
少女は驚いたようにエレノアを見返して、それから、ゆるくかぶりを振った。
「……怖く、ありません」
少女の言葉に、エレノアはにっこりと微笑む。
「ありがとう。私も、自分のことは恐ろしくないわ。……だからかしら、魔物のことは、そんなに恐れていないのよ」