黒き魔物にくちづけを
「……はい、消毒薬と傷薬、出来ましたよ」
と、梱包が終わったらしいセレステが二つの包みを差し出してくる。エレノアははっとして、慌てて財布を取り出した。
「……もしかして、どなたか怪我でもされたんですか?」
お金を出していると、少女が心配そうに聞いてくる。エレノアは慌てて首を振った。
「違うの、そういうわけじゃなくて。ただ、ちょっと少ないかなって思っただけだから、心配しないで」
そんな会話をしていると、ガチャリと店の扉が開かれる。
「セレステ、遅くなってごめん。そろそろ日が暮れる。もう店を閉めて、祭りに行こう」
セレステに呼びかけながら、慣れた様子で堂々と入ってきたのは、一人の男だった。どこか聞き覚えのある声に首をかしげたエレノアは、一拍置いてその主に思い当たった。
一度だけ、それも一瞬、会ったことがある。エレノアが生贄になった日、もとの生贄だったセレステの名前を呼びながら、王子様のごとく颯爽と現れた彼女の恋人──。
「ハウエルさん、おかえりなさい」
そうだ、そんなような名前だった。記憶と照合させて、そうかこいつが、と観察を始めるエレノアと、同時に客の存在に気付いたようで目を丸くしたハウエルとの視線が合う。
「あ、お邪魔してます」
「……ああ、お客様でしたか。すみません、本日はもう店仕舞いで」
「ハウエルさん、エレノアさんよ」
三人がいっぺんに、言葉を発して、綺麗に重なった。三人は同時に小さく吹き出して、それから妻の言葉を正確に聞き取ったハウエルはエレノアを見て目を丸くした。
「……ああ、あなたが!その節は、大変お世話になりました」
「いえいえ。……ところで、祭りとは?」