黒き魔物にくちづけを
またお礼を言われ倒されたら困ると、あっさりと流しながら、彼女は別のことを問う。入ってきながらセレステにそう言っていたのを、エレノアはちゃんと聞いていた。
「ああ、今日は聖誕祭なんです」
「聖誕祭……?」
ハウエルの言葉に一瞬首を傾げたエレノアは、少し考えて、それが教会の神の生まれた日を祝う祭りだと思い至った。そう言えば、毎年冬の時期にそんな祭りがあった。縁遠いことすぎて、馴染みがなかっただけで。
「今夜はお祭りなんです。今夜だけは、街中に灯をつけて夜通し音楽を奏でるんです。広場には飾り付けた大きなツリーがあって、屋台も出ているんですよ」
「ふうん……」
耳を澄ますと、確かに外から祭りのざわめきのようなものが聞こえてきた。街がなんだか落ち着かないようだったのは、この祭りのためかと気がつく。女達が持っていた食材はご馳走を作るためで、男達の運んでいた道具はツリーや屋台のためだったのか。
「エレノアさんも、見て行ったらどうですか?」
祭りに行くべくエプロンを外したセレステが、そう言って微笑む。よく見ると彼女は、いつもより少しお洒落な格好をしていた。祭りを大切な人と過ごすため、めかしこんでいるのだろうか。
エレノアは、考えた。今まで聖誕祭などに参加したことは無い。不吉な彼女がそのような催しに顔を出すなんて、考えられないことだった。だから今年は、きっと初めてのチャンスだ。
──けれど。
「……遠慮しておくわ。あんまり遅くなると、心配されるから」
ハウエルの隣に並ぶセレステを見て、ふと頭をよぎったのはラザレスのことだった。