黒き魔物にくちづけを

聖誕祭は、きっと大切な人と過ごすための日だ。だから、エレノア一人で見て回ったって、何の意味もない。そもそも彼女には、敬虔に祈りを捧げる神なんていない。──いるのは、そっと温もりを与えてくれる魔物だけ。

だから、きっぱりとそう言った。見たいものは、祭りの灯などではなく、不器用な男の顔だった。

「そう……ですか」

「せっかく誘ってくれたのにごめんなさい。私はそろそろ帰るわ。お二人で楽しんできて」

エレノアは笑ってそう言って、二人の店を後にした。

街の出口までの道は、ちょうど広場を通る。決して長くはない道のりだけど、それだけで浮き足立った空気を感じられた。至る所にランタンが飾り付けられて、並んだ屋台からは美味しそうな匂いがした。誰かを待っている様子の女の子は綺麗な服を着ていて、ツリーの下では手を繋いで踊る男女の姿もあった。

誰もが皆、笑顔を浮かべていた。彼女のすぐ脇でも、向かいでも、後ろでも。──けれど、やはり心は揺れなかった。

街を出ると、すぐにビルドがエレノアを見つけて飛んでくる。幸いなことに街人は皆祭りに夢中で、暗い街の外でカラスが一羽少女の前に降り立ったことに気付いてはいなかった。

「えれぬー、おかえり。オマツリ、いいの?」

「エレノア、よ。早く帰りたくなっちゃったの」

「……わかったー」

ビルドは頷くと、エレノアの肩を掴んで身体を大きくし始める。すぐにばさりと翼が翻り、彼女の足が地面を離れた。





打ち付ける冷たい風に彼女の顔の皮膚が凍りそうになってきた頃、ようやく屋敷の近くに降り立った。

「ありがとう」

すっかり固まった顔の筋肉を動かしてどうにかそう言って、彼女は背中に負っていた荷物を確認する。薪も薬も、無事だった。
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