黒き魔物にくちづけを
「エレノア。……帰ったのか」
まだ驚いたような、けれど安堵したような声が、耳朶を撫でていく。心地よい温もりを孕んだそれに、エレノアは自分も同じように腕を回した。
「ええ、ただいま。……どうしてこんなところで待っていたの?雪までかぶって」
そう問うと、エレノアの肩口に頭を埋めた彼は呟くように答えた。
「……寒かった、から」
確かに、そう聞こえた。エレノアは内心で首を傾げる。寒かったから、外で待っていたと?
「……火が消えちゃったの?遅くなってごめんなさい。でも、外にいた方が寒いと思うけど……」
そう問うと、ラザレスはまたぽつりと呟いた。
「お前のいない部屋の中が……寒かった」
「え……」
どういう意味、と問い返す間も与えてくれず、彼はぎゅうと、まるで縋るように彼女の体を抱きしめた。背の高さが違うから、少し踵が浮かんでしまうくらいだったけれど、彼女は黙ってその行為を受け入れた。
雪の降りつもる中、平然と立って待っているくらいなのだから、魔物の身体は寒さに弱くはないのだと思う。だとしたら彼の言う「寒い」は、身体というより心が感じているものなのではないかと、彼女は思ってしまって。
ラザレスは、エレノアを強く抱きしめている。その腕の力は彼女の存在を確かめているようにも思えて、同時に彼女自身でも彼の存在を感じられるから、決して嫌なものではなかった。
こうして包まれていると、やはり温かいと感じられた。自分は寒かったのだと、いつの間にか気がつく。極寒の空を飛んで帰ってきたのだから当然といえば当然なのだが、そうではなくて、もっと深いところが。
(……やっぱりここは、暖かいわ)
降る雪の存在も忘れ、彼女は身をゆだねて目を瞑った。この腕の中が好きだと、そんなふうに思った。