黒き魔物にくちづけを

「…………」

エレノアは、つきそうになっていた溜息を胸の奥にしまいこんだ。彼女からしたら、彼の言っていることはやっぱり見当違いではあったけれど、その見当違いを起こさせるに十分な材料を彼女が与えてしまったのも確かだった。

「……帰ってくるわよ」

文句を、言ってやろうかと思った。そもそも今日森で過ごすための薪を買いに行くと言ったではないか、聞いていなかったのか、と。けれど、それを言うには、彼の瞳があまりにも寂しそうだったから。

「例えあなたが出ていってくれって頼んだって、私はここに戻ってくるわ。だって、私がここにいるって決めたんだもの。私が頑固なの、そろそろ知っているでしょう?」

「……エレノア」

ラザレスは、驚いたような、泣きそうな、複雑な表情を浮かべて彼女を見下ろした。エレノアは覗くようにして彼の銀の瞳と視線を合わせ、ゆっくりと微笑む。

「お祭りは、一人でまわってもつまらないから帰ってきちゃった。参加するなら、あなたとがいいんだもの」

「俺と……?」

今度こそ、魔物は目を見開く。それほどまでに、彼女の言葉は予想外だったのだろう。彼女は目を合わせたまま、大きく頷いてみせる。

「それに、私が教会の神様の生まれた日を祝うなんて言うのも変な話じゃない?例えばそうね、美しい雪景色に感謝する祭り、とかの方が、私に合ってる気がするわ」

そう言いながら、エレノアは辺り一面の雪を振り仰いで微笑む。それからふと思いついてラザレスの両手を掴んで、不思議そうな彼の身体をぐいと引っ張った。

「……!?な、何のつもりだ?」

振り回すように身体を回転させる。彼はわけがわからないと言う顔をしながら、それでも彼女に合わせて足を動かしてくれた。
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