黒き魔物にくちづけを
いつしか、二人は笑っていた。ふふふ、とか、ははは、とか、聞く人が聞いたら不気味に思われそうな笑い声をあげながら、少女と魔物は手を取り合って踊っていた。
どのくらい、そうしていたのだろうか。
やがて、滅茶苦茶なステップがたたって、二人の足がもつれてバランスが崩れた。エレノアの上体が大きく前のめり、彼女を受け止めたラザレスは耐えきれずに尻餅をついた。
どさり、と音がする。舞い上がった雪が、ひんやりと身体にかかった。けれど、痛みはなかった。ラザレスが、しっかり抱きとめてくれたから。
「……ふふ、ごめんなさい、ありがとう」
転んでしまったことすら可笑しくて、彼女は少し笑いながら礼を言う。その様子を見下ろした彼が、不意に真面目な顔をした。
「……エレノア」
名を、囁かれる。自然と彼女の顔が上向きになって、二人の視線が交わった。
ラザレスが、手を伸ばす。頬のあたりに、少し高い温度が触れた。
次の瞬間──エレノアの唇に、彼自身のそれが、重なった。
全ての音が、ふっと掻き消える。自然と彼女は、瞼を閉じて視界を絶っていた。自分を支配するものが与えられている感覚だけになる、一瞬。
時間にしたら、きっと長くはない。触れるだけの、ひどく優しいくちづけ。
そして──重ねられた唇が、ゆっくりと離れた。
「……エレノア」
たった今まで触れていた唇が、大切なもののように彼女の名前を呼ぶ。
目を開くと、すぐそこにある銀の瞳に、自分だけの姿が映り込んでいるのが見えた。
「……好きだ」
──そして、彼がそう言った。