黒き魔物にくちづけを
目が覚める。そう、思った。けれど、視界に映ったものは、ベッドの周りの景色ではなくて。
彼女の目の前には、格子があった。金属のものだろうか。こちらとあちらを分つ壁として、そこに在った。
少女の姿はどこにもない。視線の高さはいつもよりも低くて、ああ、自分は少女の世界を見ているのだと自然に悟った。
ここは、どこだろう。目の前に格子のそびえる場所なんて、夢の中で見たことは無かった。これはまるで──檻ではないか。
「……あなたは、だあれ?」
少女が、格子の向こう側に向かって声をかける。その時初めて、エレノアは格子の向こう側の闇に紛れて、誰かの姿があることに気がついた。
「…………」
彼の、銀の瞳が揺れる。声をかけられたことに、驚いているようだった。
姿を現したのは、闇に溶け込めるような色をした少年だった。髪と纏う衣服の全てが、辺りよりも深い色をしていた。よく見ると肌色の部分にも、黒子のようで、もっと光沢のある黒い粒が散っている。
ただ一つ、瞳だけが、月の光を閉じ込めたような色に輝いていて、格子越しに彼女の姿を映していた。
(この子……)
その姿を見たエレノアは、直感する。自分は、彼を知っていると。
色合いだけならば、先程まで見ていたあどけない男の子に似ていた。けれど、違う。今相対している彼と、先ほどの子供は別の存在だ。
この彼の姿の方が、エレノアには馴染みがあるものだった。何故なら、彼女の記憶の一番最初にあるものが、彼の姿だったのだから。
村が燃えた日──彼女の前に現れた少年。目の前、格子の向こう側に佇む彼は、あの少年そのままの姿をしていた。
「……俺は」
暫く黙っていた彼が、ようやく口を開いた。その声は、やはりエレノアにとって、どこか聞き覚えのあるものだ。
少し迷うように、少年が視線を彷徨わせる。少しの間を置いて、彼はエレノアが思い浮かべた通りの名前を告げた。
「……ラザレス、だ」