黒き魔物にくちづけを
『お前を【壊した】のは、俺だ』
森に来たばかりの頃、そう言われたことを思い出す。彼がエレノアの過去を知っていて、それについて思うところがあるようなのは考えるまでもなかった。
自分のことで、ラザレスは何か苦しんでいる。エレノアの目には、そう見えてならなかったのだ。だからこそ──何があったのか、知りたい。
「う……」
夢で見た、ラザレスと名乗った少年の顔と、村が燃えた日に見た少年の横顔と、それからあの日のラザレスの表情が、浮かんでは消える。その三つの面影が重なって見えて、また酷く頭が痛んだ。
エレノアは、疲れたように倒れ込む。そのまま彼女は、意識を失うようにして眠りについたのだった。
***
目が覚めて少しすると、玄関の方でガチャリと音がした。どうやら、出かけていた魔物が帰ってきたらしい。
エレノアは、それを聞くとすぐに自分の部屋から出た。待ち構えていると、予想通り居間を通り過ぎて魔物がやって来る。
「おかえりなさい。変わったことは無かった?」
努めて平静に、いつも通りを装ってそう尋ねる。こちらを見下ろした彼は、一瞬表情を強張らせた。
「……ああ」
短い、答え。結局一度も視線を逸らさずに、彼は足早に過ぎ去ると自分の部屋へと向かっていく。
バタン、と、扉が閉まる音が廊下に響いた。
「…………」
その音を聞きながら──エレノアは、無言で張り詰めた息を吐き出していた。
知らず知らず、強く握りこんでいた拳を緩めていく。本当はすごく、緊張していた。
雪が初めて降った日から、今まで。毎朝毎朝、こんな感じだった。彼に、あからさまに避けられ続けていた。無視されることはないだけ、ましなのかもしれないけれど。